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伊達移住者の体験記 > 伊達暮らし23 伊地知さんのこと
 伊達市に移住をされた方に、日々の様子を綴っていただくコーナー。

 横浜から移住されてきた池田武史さん。
 愛読書の一つ、司馬遼太郎「坂の上の雲」より、今回は、伊地知さんの逸話をいくつかご紹介くださいました。

 わたしの知合いに「伊地知(いじち)さん」という方がいらっしゃる。この姓は、薩摩(鹿児島)出身の方をうかがわせる。
 わたし「伊地知さんは、あの『坂の上の雲』に出てきて、司馬さんから散々こき下ろされる『伊地知幸介』とゆかりがあるのですか?」
 伊地知さん「とんでもない、わたしはあの人とは全く関係ありません。わたしは横須賀の出身です。祖先は鹿児島から出てきたようですが。『坂の上の雲』を読んだ人からは必ずそう聞かれるので参ってしまうな!」という話になった。


 


司馬遼太郎の小説「坂の上の雲」は、明治時代の愛媛出身の若者3人を軸に、日清、日露の戦役とりわけ日露戦争を背景に描く一大叙事詩である。
 この中で司馬さんは、祖国防衛戦争であった日露戦争を、政治家、軍人、庶民がどのように感じ、また弱者の知恵である「考え抜く」ことによって切り抜けたかを重層な視点から述べ、われわれに「ちょっと前の時代の日本人は気骨があった。捨てたものじゃない。」と勇気と自信を与えてくれているように思える。


 この小説の中では、「伊地知」姓の人が二人登場してくる。

 以下に、伊地知姓の人を紹介しつつ、「坂の上の雲」のさわりを語り、多少所感じみたことを述べてみたい。

◆ 第1の人は、伊地知 幸介、乃木軍の参謀長を務めた人で、司馬さんから「愚物の骨頂」のように云われている。乃木の第3軍は当初無かったが、ロシアの旅順艦隊が旅順港に引きこもった状態を陸から打破するために、海軍の強い要請もあり編成された。目的は、陸から旅順港にいる艦隊を追い出すべく砲撃を加えることで、そのために有名な203高地などを奪取することにあった。しかしロシア軍の鉄壁の要塞の前に、攻めあぐね、しかも同じような過ちを無思慮に繰り返し、あたら多くの貴い人命を失った責の大半は、倣岸で要塞攻撃に無知であった伊地知 幸介に負うことが大である、ということになる。
 今一つ伊地知 幸介たち参謀の責が大きいことは、この作戦の実態を知らなすぎることであったと云う。現場がどんな状況か分からない(見えない)後方まで参謀たち司令部は下がっていたので、現場状況に合う命令が出せてなかった、という点を、その後一時乃木に代わって陣頭指揮をとった児玉 源太郎 満州軍総参謀長はつく。
 指揮をとった児玉が、状況図を参謀に描かせたとき、あまりに現状理解がうといと悟った。このときの児玉の行動と言葉が後世に残る。

*この無知な参謀連中が、人を殺してきたのだ!と思うと児玉の次の行動が、常軌を逸した。
地図の向こうにいる少佐参謀におどりかかるなり、その金色燦然たる参謀憲章をつかむや、力任せに引きちぎった。
「貴官の目は、どこについている。」とどなった。次の言葉が、長く伝えられている。
「国家は貴官を大学校に学ばせた。貴官の栄達のために学ばせたのではない。」*

 児玉は、現状打開のため、国家を救うため、乃木軍司令部の参謀や砲兵の専門家たちと不退転の気持ちで対峙したとある。彼は、これを含め満州での作戦の心労のため、終戦後1年を経ずして亡くなった。天が日露戦争遂行のため日本に遣わした男だった。

 わたしは、組織の場にあったとき、これら逸話を読むたびに、現場とスタッフの役割とは何かを考えざるを得なかった。
 設計現場とか製造現場とかは、日々追われまくられている。そこのスタッフは、その現実をちゃんと把握して、現場が少しでも楽になるようなサポートを己が役割と心がけなければなるまい。


◆ 第2の人は、伊地知 彦次郎大佐、聯合艦隊の旗艦 三笠の艦長を務めた人である。
 彼はこの当時の海軍でもっとも優秀な船乗りと云われていた。当時の世界では、英国と日本の海軍の艦長クラスが船乗りとして鍛えられ優秀とされたが、その中でも一流と称せられていたのだろう。それ故に聯合艦隊の旗艦の艦長という作戦の遂行にあたり最も大切なポジションについたのだろう。
 「坂の上の雲」の中で伊地知 彦次郎艦長の逸話として出てくるシーンは以下である。

聯合艦隊が、バルチック艦隊発見の警報に接し、鎮海湾から抜錨して一路戦場への航行中に、彼は三笠の艦上で別れの挨拶をした。

*彼は総員を後甲板に集め、一段高い場所に立った。
 ときに風力は六である。風向は偏西で、波は依然として高く、三笠のような戦艦でさえゆれがひどかった。このため後甲板に整列した総員は、みな両足をふんばっていた。
 伊地知は、母音をゆるやかに曳く薩摩なまりのつよい言葉で、
 「これより本職最後の訓示をする」と叫んだ。
 伊地知の訓示の内容は、わが艦隊は今から二、三時間後にバルチック艦隊と相見えることになった。長い期間、鎮海湾でおこなった訓練はただこの一戦のためのものである。全国民がわれわれに期待しているところはすこぶる大きい、云々。
最後に、「この世における最後の万歳を唱える」
と言い、すべての者が声をかぎりに祖国の永遠のために万歳をとなえた。*

とある。
もう一つ紹介されている逸話は、この後、聯合艦隊がバルチック艦隊と遭遇した時、司令長官東郷 平八郎がとった有名な戦術のときのことである。

 東郷は、敵前で単縦陣の艦隊を大回頭させた。敵の頭を扼すべく世に云う「丁字戦法」を実施するため、艦隊を左回し「取舵」で思い切って大回転させた。

*艦長の伊地知大佐は、一段下の艦橋(フライイング・ブリッジ)にいた。かれの常識にとってこの号令は信じられないことであった。
 伊地知がおどろいたのは、すでに敵の射程内に入っているのに、敵に大きな横腹をみせてゆうゆう左転するという法があるだろうかということであった。
伊地知はおもわず反問し、「えっ、取舵になるのですか」と、頭上の艦橋へどなりあげると、加藤参謀長は、左様取舵だ、と繰り返した。*

 結果として、東郷のとったこの戦術は、聯合艦隊が回頭を終わるや、右舷砲の全てを敵の主力艦のスワロフ、オスラービアに集中して壊滅的な打撃を与え、緒戦で戦いの趨勢を決めた。
「初めに我が総力を挙げて敵の主力を撃ち、分力を断つ」日本海海戦の作戦を担当した参謀、秋山 真之の考えた主題を、東郷が敵艦隊と見えた切所で実施し、成功を収めた。

 思うに「初めに我が総力を挙げて敵の主力が力を出す能わざるように追い込む」という主題は、古今陸戦、海戦を問わず名将によってとられた戦術のようだ。古くは、紀元前4世紀のマケドニアのアレクサンダー大王が騎兵戦力を集中させた作戦で連勝して、欧亜にまたがる広大な地域の支配者となった。その100年後に現れるカルタゴのハンニバルは、明らかにアレクサンダー大王の戦術を研究してイタリアに攻め込み、カンネの会戦などでローマ軍を圧倒した。更にこのハンニバルの戦術に学んだ若きローマの英雄スキピオが紀元前202年にザマの会戦でハンニバルを破り、その後のカルタゴの滅亡につながる。


「坂の上の雲」は、その扱っている内容のスケールに圧倒されるが、その登場人物の多彩なことと主要な人物についてのさまざまな視点からの解説や批評、幕末から明治のこの時代にかけてのわが国の歴史認識や外国の状況把握など「そうなのか」と思い知らされることが多い。また日露戦争そのものについても多くの資料を読破して、司馬さんの中で咀嚼して、組み立て、書かれていることがその重厚で、多くの視点からの見方が呈されていることで分かる。
 また、主要な人々の立ち位置や決心、覚悟のほどがじんじん伝わってくる迫力を感じる。
 司馬さんが40代の大半の時間を費やして、われわれに民族の大叙事詩を残してくれたことに感謝したい。

実は「坂の上の雲」の中には、心に残るシーンや人の言葉が多いのだが、それらについては一遍には紹介できないので、今後徐々に紹介したいと思っている。
◆ 文中 *・・・・・・*の部分は、小説の中からの引用部分です。
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