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伊達移住者の体験記 > 伊達暮らし10 サッカーボールを蹴る
 伊達市に移住をされた方に、日々の様子を綴っていただくコーナー。

 横浜から移住された池田武史さん。
 久しぶりにサッカーボールを蹴ったことよりいろいろ思い出して・・・。

 
 伊達に引越しをするときにサッカーボールを持ってきた。
 学校が夏休みに入ってからの朝、伊達小学校の校庭で久しぶりにボールを蹴ってみた。少し空気が抜けて甘くなっているので弾み方が鈍い。10分くらいだったが久しぶりにボールに触れて楽しかった。となりで若いカップルがやはり1つのボールで興じていた。

 随分昔のことになる。次男坊が小学校に入った頃、横浜の住んでいた地区の隣町のサッカークラブに入った。毎週土曜日の練習や日曜や祝日の試合に一緒について回った。
 そのうち「池田さん、ひまなら手伝ってくださいよ!」と監督やコーチから声がかかり、結局お父さんコーチとして一緒に加わることになった。以来50歳過ぎまで17年間くらいの間このクラブで子供たちと共々にサッカーに携わることになった。
 


 次男坊はとっくに小学校を卒業して、その後は、人様の子供を相手に10年以上やってきた。後半は、わたしが茨城の事業所に単身赴任となり、週末のみ横浜に戻る生活になったこともあり、参加のペースを落とさせてもらったが。

 最後の6年間は、同じ子供たちを1年から6年生の卒業まで見ることになり、学校の先生のようにずうっと持ち上がりクラスを担当したので、「1年生の頃は、練習といっても砂遊びをしている子もいたのに、6年生になるとフォーメーションだ、オフサイドだと随分生意気なことも云えるようになったな」という感慨も持った。
 普段は気力の足りない試合をして怒られることが多い子供たちも、年に数回くらい親やコーチの涙腺を緩ます感動的な試合をしてくれることがある。
 自分たちより強いチームに対して、11人が自分の役割をきちんと果たしながら、一致団結して戦い相手を圧倒することがある。こんなときは見ている親やコーチにも子供たちの気迫が伝わり、何ともうれしいやら感動的なドラマを見せてもらったやらの気持ちになることもあった。

 こんな体験もあり、遅まきながら30代後半からサッカー好きになった。
 初めて気を入れて見たワールドカップは、1986年のメキシコ大会(後にマラドーナの大会とも称せられた)で、マラドーナが大活躍をしてアルゼンチンがドイツを破って優勝した。このときのアルゼンチン対イングランド戦は、フォークランド戦争の直後ということもあり険悪なムードの中の試合であった。世に云う「マラドーナの神の手」(ハンドの得点と言われている)や「ドリブルでの5人抜きの得点」(これにはイングランド選手も脱帽の体であったが)の絶頂期のディエゴ・マラドーナの活躍の前に、得点王のリネカーを擁したイングランドも敗れ去った。
 ワールドカップには因縁が付きまとう。アルゼンチンとイングランドは、その後のワールドカップでも度々対戦して因縁じみたエピソードを残している。

 1986年のアルゼンチンに敗れたときのイングランド代表選手だったグレン・ホドルが1998年のフランス大会では、イングランド代表監督を務めていた。このときの1次リーグの第3戦、負ければ予選敗退という試合にホドル監督は18歳の新人ストライカー マイケル・オーウェンに「鳥のように自由に羽ばたいてこい!」と声を掛けてピッチに送り出した。
 オーウェンは期待通りに活躍してイングランドは予選を通過した。
 決勝トーナメントの1回戦アルゼンチンと対戦したイングランドは、結果は2-2の後のPK戦で惜しくも敗れ涙を飲んだ。この試合では、バティステュータにPKで1点先行された直後にオーウェンがドリブルで切り込みペナルティエリアで相手の反則を誘いPKを得て、これをキャプテン シアラーがしっかり決めて1-1の同点に追いつく。その後ベッカムからのパスをうまくトラップしたオーウェンが目の覚めるような高速ドリブルで3人の相手をかわしてゴール左隅にボールを突き刺すあざやかなシュートを決めた。おそらくオーウェンのこのシュートを見たとき、ホドル監督はじめイングランドの人々は、1986年にマラドーナに5人抜きをやられた仇を討ってくれたと感じたに違いない。このシュートは、マイケル・オーウェンという若者が世界のヒノキ舞台に出たことを世界中の人々に印象付けた。
 またこのとき同じくイングランド代表で出ていた若きデビッド・ベッカムは、後半早々アルゼンチンのシメオネの策略に引っかかり、やらずもがなのファールをしてレッドカード退場となってしまった。マスコミは、「10人の勇敢なライオンと一人の愚か者」とベッカムをこき下ろした。そのためベッカムは次の2002年大会までの4年間鬱々とした気持ちで過ごすことになった。

 2002年の日韓大会でも、予選リーグでアルゼンチンとイングランドは札幌で対戦した。この時は、ベッカムが決勝点となるPKをきっちり蹴り込んでイングランドに勝利をもたらし、ベッカム自身も4年間の重い気持ちをはねのけることができた。PKを決めた後コーナーフラッグの所に駆け寄ってユニフォームを両手でがっちり握りしめたベッカムの姿は、4年間のつらかった思いをはねのけた象徴だった。

 サッカーの因縁話が長々となってしまった。

 還暦を迎えたおじさんでもボールを蹴るという行為は面白い。どうです、皆さん、たまにはグランドや広場でボールを蹴るのをやってみませんか!
 伊達の歴史の杜公園の中にも広々とした芝っぽいグランドがあるし、大滝の優徳の多目的グランドはりっぱなサッカーグランドだ。既に行われているのかもしれないが、近隣の地区、胆振地区、北海道の少年サッカー大会などを芝生のグランドで開催するのはどうだろう。(07.08.10)
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